春先。北国の春は遅く、まだ時折風花が舞っていた。

 育った港町に、良い思い出もいくつかはあったものの、色濃く残るのは「誰も助けてくれなかった」という暗い事実ばかりで、もう何年もこの町を訪ねることはなかった。今回訪ねることにしたものの、嫌な思い出を積み重ねる結果になりはしないか、という不安も強かったのだ。

 いざ目にした、飛行機から見下ろす雪の残る山の姿、空港に漂う潮の香りと空を舞う鴎に、懐かしく嬉しい気持ちが込み上げた。来ることができて嬉しい。そう思えた自分に驚き、それがまた嬉しかった。

「良い町だね。こんな町に住みたい」

 初めてこの町に来た彼の、その言葉も胸に響いた。

 あぁ、ここが自分の生まれ育った町なのだ。初めて真っ直ぐな気持ちでそう思えた。

 七五三や初詣で度々お世話になった神社へお参りし、御神籤をひく。

「迷うな。今の調子で前進せよ」

 という言葉に、故郷になにかを還しながら自分の道を進んでいく方法を、探そうと思ったのだ。

 

#essay

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